(BrMEDT)2MBr4

 

DBrEDTで強い相互作用が現れ,さらに同じ研究室の人間であった 岡部の作った結晶(EDTDM)2FeBr4でも同様の強い相互作用が生じていた 事[1]を踏まえ,EDTDMのメチル基の片方をBrにすれば,距離が近くなることでさらに相互作用が 強くなるのではないか,と考えて作ったのが片方のみBrに置換したドナーBrMEDTです.


これらのドナー分子はTTFを基準にしてそこにethylenedithio基と二つの置換基が ついており,TTFという名前の前や後ろにEDT(=ethylenedithio)や他の置換基を 表す文字を付けることが多い.例えばばEDT以外にBrが二つ付いていればdibromo-EDT-TTF でDBrEDT-TTFだったり,EDT-TTF-Br2となる.さらにドナー分子はその殆どが TTF骨格を持つためそれも省略しDBrEDTなどになる.ただしどんな略称にするかは使って いる人間が勝手につけているため,派閥により呼び方が異なることなどもある.

Brとメチル基はファンデルワールス半径が近いため,置き換えてもEDTDMと同じ結晶構造 (ただしDBrEDTの場合とは構造が異なる)をとってくれるのではないか,という予想もありました.というわけで結晶にしてみて,見事同じ構造の物質が出来た……のですが,結論から言って しまうと物性がもうまるっきりEDTDM塩と同じで,なんら異なるところが無い(つまりBrは 入れるだけ無駄)という悲しい結果で,そのままお蔵入りに. (こちらもまた同じぐらいのファンデルワールス半径を持つヨウ素で片方置換したドナーを 用いた結晶も作ってみたのですが,それは大幅に違う構造を持つ1:1塩でした)

そんなわけで論文になるでもなく没になったわけですが,せっかくですのでここでちょっとだけ 紹介させていただきます.

構造はEDTDM塩と同じくダブルカラム(二つの異なる方向を向いたドナー層からなる)で, その間に磁性アニオン層が挟まった構造です.

それぞれのレイヤーを横から見るとこんな感じに.

磁性はこんな感じで,およそ3 Kあたりで反強磁性に転移します.

低温では絶縁化しますが,そこそこ電気は流します.反強磁性転移以下では,低温で大きな 負の磁気抵抗を示します.ここで加圧とともに抵抗の変化率は大きくなり,系があまりにも 金属状態に近くなると磁気抵抗効果はほとんど見られなくなっていきます.

これは金属-絶縁体転移の近傍であるほど,磁性アニオンの作る実効的な内部磁場によって 絶縁相の安定化される度合いが大きい(磁性アニオンに誘起されドナーの電子がスピン分極, 自分自身の作る磁場でさらにエンハンス,というような機構と思われる.あまりに絶縁相寄り ではすでに十分なスピンが立っていて,十分金属相ではスピンが誘起されない)ためだと 思われます.

そのあたりも含めて,本当にEDTDM塩と同じなんですよね…….残念なことに.

[1] K. Okabe et al., J. Phys. Soc. Jpn., 2005, 74, 1508.