MC2化合物

 

MC2化合物は,+2価の遷移金属イオンと-2価のアセチリドアニオン (C22-)からなる分子性磁性体で,私が来る以前に西グループで発見 (Chem. Phys. Lett., 369 (2003) 198-203)されていたものです. 発見された当時はCo4(CO)12のジクロロメタン溶液にレーザーを 照射することで以下のように生成されていました.

Co4(CO)12 +  → 4Co + 12CO↑
Co + 2CH2Cl2 +  → CoC2 + 4HCl

しかしこの方法,レーザーによる収量が少ないことに加え,生じたHClがCoC2を 以下のように分解してしまうと言う欠点があり,大量合成には向いていませんでした.

CoC2 + 2HCl → CoCl2 + C2H2

その後,CaC2とMCl2をアセトニトリル中約80で48時間以上加熱する という方法により,イオン交換反応によって大量に作ることが可能となっています.

CaC2 + CoCl2 → CoC2 + CaCl2

なおこの際,CoCl2を溶液中に大過剰に入れておかないと,Co2+上での C22-の酸化重合が起こってしまい,多量の不飽和炭素の不純物を 生成してしまいます.
このようにして作成したサンプル下図のようなナノ結晶として得られます.

残念ながら結晶構造は不明ですが,この結晶は気体を吸収し,その磁性を大きく変化させます. まず,大気中に放置することで水を徐々に吸収させた際の磁性の変化です.

各グラフで縦軸の値が異なっていることにご注意ください. まず,水が吸着するにしたがって磁場中冷却(FC)での磁化の値が大きくなっていることが わかります. これは水が入ると急激に磁化が立ち上がる=強磁性の相互作用が現れてくる,ことを意味しています. また,ゼロ磁場冷却(ZFC)では低温に現れていたピーク(強磁性転移を示す)が水の吸着とともに より高温側にずれてきていることを示しており,こちらからも水の吸着による強磁性の発現が 伺えます. 十分水が入るように24時間放置すると,完全に強磁性体に変化します. ただ,水が内部まで入っていく過程で表面の構造を乱すのか, 転移温度は大気中60分放置のものに比べ若干低下します.

同様に磁化過程も

と,水吸着とともに保磁力,残留磁化ともに増加しています. 磁化過程からはもう一つ分かる事がありまして,水の吸着の有無にかかわらず, (示した図では低磁場側のみなので分かりませんが)およそ1μB 程度までは比較的早く磁化が増加し,その後だらだらと緩やかに磁化が増えていくということです. これは,この物質の磁性がフェリ磁性であることを示唆しています.

一方,χT の値(Curie定数にほぼ相当)は,

となっており,高温側から緩やかに減少というフェリ磁性に特徴的な変化をしています. またχT の値からは,本物質のCo2+S = 3/2である事が 示唆され,2:1で2種類のサイトがあり互いに反強磁性的に結びつくようなフェリ構造を 考えれば,磁化過程などと矛盾しない結果となります.また,この高温側でのフェリ磁性的特長は 吸着の有無で変化しません. したがって,本物質の磁性は,無水物においてはフェリ磁性鎖もしくはフェリ層が互いに反強磁性的に 結びついた反強磁性体であり,水の吸着によりこの鎖間もしくは層間相互作用が無くなるか 強磁性的に変化,低温で自発磁化を示しているのだと理解できます. 交流磁化率の測定からは,含水物で磁化率に顕著な周波数依存性が見られた(=低次元磁性体的な 挙動)ことから,おそらく含水物では鎖内の相互作用は無水物とあまり変わらず,鎖間がずれる, もしくは広がることにより鎖間の相互作用が弱まり,単分子鎖磁性体のように振舞っているの だろうと考えられます.

さて,水の場合は相互作用が強すぎて脱離しない(さらに,高温に加熱するとCoC2が 熱分解してしまう)のですが,もう少し相互作用の弱いNH3の場合は,ある程度 可逆的にガスの吸脱着により磁性をコントロールすることが可能です.

アンモニアでも水の場合と同様,吸着により強磁性的な挙動が出てきます. また,フェリ磁性的性質も残っており,磁化過程は1 μBあたりまで磁化が増加した後, だらだらと磁化が増加していく挙動を示します.ただし違うのはアンモニアの場合脱着が可能で あると言うこと.ポンプなどで引いてやれば,かなりの部分が抜けて 保磁力,残留磁化,転移温度共にがくっと下がります. 脱着では完全な無水物(イニシャルの状態)には戻りはしませんが,ほどほどの保磁力と 残留磁化を持つ状態と,大きな保磁力と残留磁化を示すアンモニア吸着状態との 2状態の間の変化は繰り返し可能で,この両状態の間でアンモニアの吸脱着により磁性を可逆的にコントロールする事が 可能です.

アンモニア吸着時は,χT の値の減少が水吸着の場合より早く,また下げ幅も大きいことから, フェリ鎖構造の鎖内相互作用がかなり強くなっていることをうかがわせます. また交流磁化率の測定においては周波数依存が見られないため,こちらはフェリ鎖同士が強磁性的 に結びついて,2次元,もしくは3次元のフェリ磁性体になっているものと考えられます.

本当はこの物質の結晶構造を決定して,それに基づいて磁性の議論ができるとよかったのですが, 残念ながら結晶サイズがどうにも大きくならず,八方ふさがりで放置しているのが現状です.