磁性の解析1(基本)

 

磁化率の測定結果からスピン間の相互作用の強さなどを求めようとした場合には,何らかの式を用いた フィッティングを行うこととなります.もちろん自分でモデルを立てて計算してもよいのですが, 典型的なケースに関しては数多くの論文があり,それらで導出された式を用いることで(当てはめる モデルが現実の系と一致していれば)比較的簡便に相互作用の強さなどが求まります.
磁化率に寄与する効果としては,(磁場や温度などの外部パラメータを除けば)

  • 1次Zeeman項
  • 2次Zeeman項
  • 隣接スピンとの相互作用の効果
が挙げられます.1次Zeeman項はある準位のスピンに磁場がかけられることによりZeeman分裂を起こし, スピンの分布に偏りを生じる効果,2次Zeeman項は元の準位が磁場により他の準位と混成し,そもそもの 磁気モーメントのの大きさそのものが変化することに相当,スピン間の相互作用は局所的な磁場の ようなものですから,外部磁場が局所的に強かったり弱かったりした場合と同様に磁化率に影響を 与えます.途中でスピンの大きさが変わるような場合は面倒ですので,以下では2次Zeeman項は 無視して考えます.
この場合のスピンHamiltonianは,Hexを外部磁場,Jij を スピンi-j 間の相互作用として

と書くことができます.さてここで磁化について考えてみると,磁化は自由エネルギー F を用いて

と表せ,さらに自由エネルギーは分配関数

を用いて

と書くことが出来ますから,結局

のように,有限系であればハミルトニアンを書き下ろして,そこから分配関数を作ることで (原理的には)任意の温度,磁場中での磁化を求めることが可能となります.
しかし,通常我々が扱う多くの系は実質的に無限個の要素をもつバルクですし,例え有限で あったとしても分配関数の項の数は急速に増えていきますから,力任せに解くというのは ほとんどの場合において不可能です.そのため各種の近似が用いられるわけですが, まずは一切の近似の必要ない,単純な2サイトのモデルを例として考えてみます.

スピンの大きさがS1とS2の2つが相互作用Jで結ばれている系を 考えます. この系のスピンハミルトニアンは

となります.ここで,これら二つのスピンの合成

を考えると,ハミルトニアンは

と変形できます(ベクトルとスカラーと入り混じっていてわかりにくくてすいません). ここで最後のS12とS22の項はエネルギーの 原点を移動させるだけですので,無視してもかまいません. ここまでくれば,あとは合成スピンSとその磁場方向成分Szについて和をとって やれば分配関数が求まり,そこから自由エネルギー,ひいては磁化が計算できます.
具体例として,もっとも単純なS1,S2ともに1/2スピンの場合 (Singlet-Triplet)を示します.

ここで,今の場合はS=0,Sz=0の場合と,S=1,Sz=-1, 0, 1の場合の 計4通りしかありませんので,馬鹿正直に足し上げて

とモル磁化率が求まります(Nはアボガドロ数).同様にすれば(数え上げる項の数は 多くなりますが)S=1/2以外の2核錯体や,異なるスピンの2核錯体,dimerを組んでいる ラジカル分子などの磁化率が求まりますし,実験データをフィッティングしてやることで それら2つのスピン間に働く相互作用の大きさを見積もってやることが可能となります.